思考から自由になる瞬間

こんにちは!
2013年も明けたというのに、更新が随分と滞っておりました(汗;)

今年もぼちぼちのペースで更新頑張りたいと思います!よろしくお願いいたします
新しい年に変わってから、いろいろと自分の中に入ってくる情報や出会いがあり、それに対しての自分の反応を確かめたり、楽しんだりの20日あまりでした。

私の傾向として、情報が入りすぎると、今まで持っていたものとどう関連性があるのか、とか「わからないことは許せない!、わからない私は駄目な私!」と私の中のエゴが不安と混乱で大騒ぎをするので、頭の中がうるさくなってしまいます。気分も落ち着かなくなってひとつのことになかなか集中ができなくなったりもします。ちょっとデトックスが必要だな、と起床後一番に、頭に浮かぶ全ての思考をだらだらとノートに書いてオーバーヒートしないようにしたりしています。

今回は、上記の思考うるさい状態からリラックスさせることに関連して、昨日届いた友達からのカードのメッセージから思ったことを書こうかと思います。

2歳半の娘さんA子ちゃんをもつパパなのですが、「最近大笑いはしたことないけど、くすっとしたことは、、、」という話で、「A子ちゃんが『ゴホッゴホッ』と咳こんで、行儀よく両手で口を押えたと思ってたら、その両手を私にそっと差し出し、『どうぞ、召し上がれ』とニッコリ言ったことくらいですかね~」というもの。そして「私はこの半径2mの世界で起こる幸せに、今、大変満足しています」と締めくくられていました。

先ほど書いた私のように、頭の中がいろんな思考で充満している時や心が痛んでいる時は、次から次へと思考が浮かびまくって、コントロールがきかなくなります。残念ながら結論はもちろんでません!思考自体は役に立たつツールですが(プラクティカルな判断、決断をするのに使える)、一旦取りこまれてしまうと、将来への最悪のシナリオを想像したり、過去の傷や記憶を掘り返して自分(他人)を批判したり、また今起こっていることに対しても、比較したり、解釈がついたり、非難したりと、本当に起こっている事実を見えなくさせてしまいます。

私を含め、私たちは思考に頼りすぎの傾向があるため、頼れば頼るだけ、「私×相手」「私×対象物」といった、自分が他と分離した存在であるとの認識を強めてしまいます。そしてそうした認識をもった中で、否定的な思考が浮かべば、当然、心に苦しみを生み、それを回避するために何かを探し求めたり、また、相手を攻撃し戦いを生み出すといったことにまでつながってしまいます。

ただ、ここで注意が必要なのは、思考自体を、否定したり、ないものとして抑圧したり、出てこないようにしたり、取り除こう、というのではありません!
ふっと、一瞬でいいのです。
それは、
電車の窓から見える風景に目を向ける瞬間だったり、食卓に並ぶできたての料理のにおいをかぐ瞬間だったり、首に巻かれたマフラーの感触を確かめる瞬間だったり、隣で眠る子供の寝息に耳を寄せる瞬間だったり、風邪予防のホットしょうがレモンが口に広がる瞬間だったり、、、かもしれません。

その瞬間に経験していることに、一切、分析や判断や解釈や否定をしないで、純粋に(これがキーポイント!)経験をするとどうでしょう?思考がふっと休む瞬間がありませんか?
この「思考から自由になっている瞬間」には、将来の不安、現在自分をいらいらさせている人(こと)、過去の悲しい記憶からも自由になっているはずです。

この思考から自由になっている瞬間はまさに「今この瞬間」であり、この瞬間が、完璧さ、安らぎ、喜び、智恵をもたらしてくれることでしょう。
私の友人が、娘さんが口にあてていた手を「召し上がれ」と差し出した瞬間には、恐らく何の思考も走らず、思わず頬が緩み、自然と愛情があふれ出していたことと思います。もちろん次の何秒か後には、「おっ、うちの娘、自分に似てユーモアのセンスたっぷりやん!」という思いが浮かんできていたかもしれません。

この「思考から自由になっている瞬間」に意識ができればできるほど、思考がただ、浮かんで、また消えていくことに気づいている意識を経験することができるでしょう。

ひいては、分離そのものと思っている私たちから本来の私たちを経験することができるのだと思います。
一日の中で、気づいた時に、この「思考から自由になる瞬間」に身を置いて純粋な経験をしてみるのもいいと思います。

今回も読んでくださりありがとうございました~☆


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