幸せになることを選べない、自分に許すことができないとき~ビリーフを生きる私たち~#4 回復への道

ここまで3回にわたって「幸せになることを選べない、自分に許すことができないとき」というテーマで、3つのケースをご紹介しながら、私たちは「ビリーフを生きている」ということについて心の仕組みとビリーフとの関係から読み解いてきました。

 

シリーズ最後の今回は、このようなビリーフからどのように自由になっていくのかについて書いていきたいと思います。

 

ケース毎のアプロ―チ

ケース#1:婚約を破棄されたお母さんの場合

 

「人は去っていくものだ」「幸せは長続きしないものだ」という思いを強く持ったであろうお母さんですが、小さい頃に生みの親が次々と亡くなったという経験は、お母さんにとって、生き残れるかどうかという恐怖を非常に刺激された出来事であったろうことは容易に想像できます。このお母さんの場合は、親を失う経験で感じたであろう感情や感覚、思いを、解放をしていくことがポイントになります。実際には、親の死に直面している当時の小さい頃の自分をイメージし、その時に感じていた感情や思いを当時の自分に現在の自分が聞き出していきます。その際、タッピングを使うのですが、現在の自分がイメージの中で、当時の自分をタッピングして、当時の自分の感情や感覚、思いを解放していきます。

 

ここで感じた感情などが解消されないまま、婚約者が去っていったという経験が重なることで、さらに傷が深まることになったことでしょう。だからこそ、お母さんは諦める、我慢するという人生を生きるしかなったということでもありますね。

すでにお母さんは、90歳近いとのことですので、感情の解放などをするためにセラピーを受けようと考えるのは難しいかと思いますが、親を失うという経験での感情などを「解放」しない限り、このビリーフを生きることがずっと続くことになるのです。

 

ケース#2:仲間に選ばれるかどうかをいつも案じてきたAさんの場合

 

Aさんは、「班割り、係ぎめ、遊びやスポーツのグループぎめがあるとき、いつも緊張と情けなさで生きた心地がしなかった」と言っていますが、Aさんの場合も、まさにこの時の感情や感覚、思いを解放していくことが大事です。やり方はケース#1と同様、自分は選ばれるのかどうなのかと、他人の判断を待っていた当時の自分をイメージして、その自分が感じていた感情をタッピングしながら解放していきます。それはものすごい緊張感やいたたまれないような心地の悪さ、怒りなどといったものかもしれません。どんな感情や感覚、思いを感じていたのかは、イメージした当時の自分に問いかけるとちゃんとわかるのです。

そして、こういったものが解放されていけば「頼れるのは私だけ」といったビリーフが緩むでしょう。それによって、無理な頑張りもしなくてすみ、頑張りのはけ口としての「寝る前にネット動画を観ずにはいられない」という依存的行動が要らなくなっていくでしょう。

 

ケース#3:悪いことをしたと自分を責めているBさんの場合

 

Bさんは、自分がいじめをしていたことに罪悪感があるわけですが、自ら好んでいじめをしていたとしたら、罪悪感は感じないはずです。しかし、罪悪感があるということは、好んでいないのに、それをしなければならなかった「理由」があるということです。この理由がわからない間は、「自分が悪い」とずっと自分を責め続けることになってしまいます。この罪悪感から解放されるには、決してしたいことではないのに、他者をいじめることでどんな自分の感情や思いに向き合わなくてすんだのか? 他者をいじめることを選択するほど、本当はどんな気持ちがあったのか? を理解し、そしてそれらを解放していくことが必要です。

ここも上記2つケースと同様に、当時の自分の感情を解放していくことになるのですが、イメージする自分というのは、他者にどんなに感情をぶつけていても、決してすっきりしていない自分、になります。Bさんの場合、不安感やさみしさがずっとあった小学生の自分でした。Bさんのご両親はいつも忙しく(地域の名士だったお父さんは平日も休日も自宅いなかったとのこと)、学校から帰ってきても一人おうちで帰りを待っていなければいけなかったそうです。他者を傷つける行為は、この不安感やさみしさからのものだったのだということを理解できたことで、罪悪感に苦しまなくてよくなりますし、ひいては、強迫観念や行為によって自分に罰を与えなくてよくもなりますね。また、小学生のBさんが抱いていた不安感やさみしさを解放していくと、どんなに両親が忙しくても自分は愛されているといった感覚や安心感が自然と出てくるので、昇進の話に対しても「愛されている自分」という自分の視点から、この話を聞くことができる、という風にもなっていくのです。

 

自我の性質とビリーフ

「私たちは、ビリーフを生きる存在である」ということを書いてくるとあたかもビリーフが悪者なんだ、そういったものを持たない方がよいのではないか、といった思いが出てくるかもしれません。

しかし、わたしたちは生まれてから成長していく過程で、多かれ少なかれ、必ず何らかのビリーフを持つものであり、そのことから免れることはできないのです。それは、私たちの「自我」の性質と関連があるからです。この「自我」について触れておきたいと思います。

 

「自我」とは普段の私たちのことです。

私たちの根源には、本質(ありのまま)から離れてしまったという“誤解”があり、そこから生じる、怖れや不安、欠如感といったものが、いつもあるのです。

これまでの記事でも書いてきていますが、いつも肉体として生き残れるのか、精神的に生き残れるのか(=どれだけ周りに受け入れてもらえるかなど)のサバイバル(生き残り)の怖れストーリーが常にあります。

 

普通にしていても愛をベースにした状態ではなく、怖れをベースにした状態がデフォルトとなっているのが「自我」である、ということです。そしてそれがそもそもの「根源的な苦しみ」なのです。

 

そして、この“誤解”がある以上、「自分とはこういうものだ」「〇〇とはこういうものだ」といった自分や物事を定義づけるものが必要になります。それがビリーフです。「ビリーフから免れない」と先に書いた理由がここからも理解できるかと思います。

 

元々のベースが不安や怖れがある上に、人生を生きていく中で、生き残りの不安を刺激される出来事に私たちは遭遇します。その時に、人はその苦しさを和らげ、自分を守ることを考えます。それは、何らかのビリーフを形成し、信じるという方法で、です。

 

ケース#1のお母さんが「私は一人ぼっちと信じておけば、もう傷つかない」、ケース#2のAさんが「人とは自分の基準で選んでくるものなんだと信じておけば、もうさらに傷つかなくてすむだろう」、ケース#3のBさんが「自分は悪い子としておけば、不安感やさみしさに向き合わなくてすむ」と思うのは、まさにこれです。Bさんの強迫行為は、この不安感やさみしさから自分を守るための行き過ぎた形とも言えます。

 

私たちが究極に求めている本質への回帰

 

私たちは、もちろん傷つきから回復したいと求めます。一般的なカウンセリングや心理学はここを目的としていると言えるでしょう。しかし、自我の性質という観点から考えた場合、私たちが深いところから希求していることは、さらに踏み込んだ「本質から離れてしまったという“誤解”を解いていきたい」ということなのです。

 

では、それにはどうしたらいいのでしょうか?

 

まず前提となるのは、私たちが特に苦しくなっている時や、その苦しみが何かの症状として出ている時は、普段ですら意識されていない本質が、傷つきによって、なおさら見えなくなっている時だということです。ですから、この傷つきにある感情や感覚、思いを入り口に、そこから本質を覆っているものを解放していくことで、ビリーフや怖れのストーリーを変容させていくことが必要ですし、それが、本質(ありのまま)に近づいていく、回帰していくことにもつながっている、ということです。

 

また、感情や感覚、思いは、生来変化する性質のものであるという点で、非常に実体のないものである、ということもポイントです。傷つきによってできたビリーフや、それを支える怖れのストーリーもこれらで構成されているのですから、実体がないのです。だからこそ、こうした感情、感覚、思いが解体されていくと、見えなくなっていた私たちの本質というものが立ち現れてくるのです。それは、怖れがなく、なんらかのビリーフや定義、概念にもはや規定をされていませんし、それらに依拠する必要もないのです。そういう意味で「真の自己」と言ったり、「愛そのもの(愛ベース)」と言ったりできるかと思います。最も安定し、安心があり、受容があり、静かな場所でもあるでしょう。

 

まとめ:ネガティブなビリーフから自由になるには

今回は、冒頭にケースごとにアプローチを説明するとともに、私たちの苦しみの元と関連がある自我の性質や“誤解”について解説をしてきました。

 

ビリーフを生きることで生じる苦しみから解放され、ネガティブなビリーフから自由になっていくには、

 

・そのビリーフを持つことになった経験は何なのか(どんな怖れのストーリーなのか)
 
・またその経験(ストーリー)の中にはどんな感情、感覚、思いがあるのか、を探り、それらの感情、感覚、思いを解放したり、変容させていくことが必要である

 

ということが理解できたかと思います。

 

 

一見、表面にでてくる悩み、苦しみ、症状といったものは、やっかいなものと見えがちですが、それらが、傷つきを癒すきっかけとなるのみならず、本質や愛への回帰へとふり向かせてくれるものなのです。悩みや苦しみをきっかけに、ビリーフや定義づけから限りなく自由になって、本質や愛をベースに動いていきたいですね。

 

 

 


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